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2027年01月24日

邪馬台国の所在地(官名・人名などから推定)


魏志倭人伝の冒頭の国と官を抽出すると次のようになります。

 対馬国 其大官曰 卑狗  副曰 卑奴母離
 一支国  官亦曰 卑狗  副曰 卑奴母離
 末廬国
 伊都国   官曰 爾支  副曰 泄謨觚、柄渠觚
 奴国    官曰 ジ馬觚 副曰 卑奴母離
 不彌国   官曰 多模  副曰 卑奴母離
 投馬国   官曰 彌彌  副曰 彌彌那利
 邪馬壹国  官有 伊支馬 次曰 彌馬升 次曰 彌馬獲支 次曰 奴佳{革是}
 狗奴国  官有 狗古智卑狗(魏略では拘右智卑狗)



これらの国々の官名には、いくつかの共通点や系譜がある。


対馬国と一支国は、現在の対馬と壱岐と見られ、官も副官とも名前が同じである。よって、この両島が距離的だけではなくて文化的にも非常に近い関係にあったことが分かる。また、対馬の官には大官には「大」がついているから、対馬は壱岐に比べて重要な地位にあったのかもしれない。

副官に限定して見れば、対馬国、一支国、奴国、不彌国の4カ国とも同じ名前である。奴国は現在の福岡市、不彌国は現在の宇美町か津屋崎と見られており、このへん、北九州の間に共通の文化圏にあったことが推定される。この4カ国の副官の名前「卑奴母離」とは「夷守」のことだと思われ、「夷守」とは辺境を防備する役職の意味があり、この3世紀初頭の邪馬台国政権からみて、これら北九州の国々は辺境の国々だという認識が芽生えていたように思われる。邪馬台国はこれ北九州の国々からみて遠い地域にあったのでは?と考えられ、邪馬台国=畿内説にやや有利な材料ではないのか?

一方、高い確率で北九州の国と推定される国の中では、伊都国だけ官も副官も全く違う名前である。魏志倭人伝には、伊都国には代々、邪馬台国とは独自に王が存在し、中国の帯方郡を迎えるための倭の迎賓館が存在していたみたいで、伊都国が邪馬台国傘下の倭の国の中で特別な地位にあったのが想像できる。伊都国の官は「爾支」と記されていて、この爾支を「にき」「ぬき」と読む説があるが、「ぬし(主)」あるいは「ねぎ(禰宜)」とは読めないか?もし「ねぎ」と読めれば、神官のことを「禰宜(ねぎ)」とも言うので、神官が政務を兼ねていたことを示すことになる。卑弥呼は「鬼道をよくし衆を惑わす」と記されているので、伊都国は神官が行政官であった特別な国であった可能性がある。


一般的に、対馬国、一支国、末廬国、伊都国、奴国までの国々は、現在の九州の対馬、壱岐、唐津市、前原市、福岡市だということは、ほぼ間違いないと言われている。不彌国の関しては諸説あるが、それらの全てが、奴国(福岡市)に隣接する宇美町、津屋崎あたりだと言われている。よって、これらの国々の所在地は、ほぼ推定できる。


しかし、投馬国、邪馬壹国、狗奴国の官の名称は、それ以前の国々とは大きく違う。なぜ、大きく違うのかは、ただ単に偶然なのか、距離の離れた違う文化圏の国々なのかは、よく分からない。距離の離れた遠い文化圏の国々だとしたら、邪馬台国の所在地は、九州説よりも畿内説のほうが有利になる。

魏志倭人伝の記述では、投馬国、邪馬壹国、狗奴国からは、そこへ到着するまでの距離の書き方も違ってくる。対馬国〜不彌国までは里数で書いてあるのに、投馬国以降は、日数で距離を表している。

よって、投馬国、邪馬壹国、狗奴国は、対馬国〜不彌国から遠く離れた、非九州圏の国々なのではとは推定したいところだ。


これらの国々の官名の中でも特色のある官名としては、投馬国の官名が異彩をはなっている。彌彌(ミミ)と彌彌那利(ミミナリ)である。実は、この「ミミ」がつく名称は、記紀では、出雲系や神代系に多く登場する名前である。(→参照:「ミミ」と「ミ」の分布表

邪馬台国(約七万戸)に次ぐ大国の投馬(ツマ・ツモ)国(約五万戸)。 イツモの「イ」は母音の発語、音が軽いから自然に省かれる。 「マ」と「モ」は同類音で相通ずるから、出雲と投馬両国名は全く一敦する可能性が高い。 さらに宋版「大平御覧」の「倭人伝」では、投馬が於投馬(エツモ)と書かれている。 今日、出雲の人は出雲を「エヅモ」となまって言うから、 この時代もそうで、中国人はそれを聞き取ったのかもしれない。

よって、投馬国とは、北九州にある対馬国〜不彌国から遠く離れた文化圏である出雲のことである可能性が高いよう思う。


このように、対馬国〜不彌国までが北九州、投馬国が出雲なら、邪馬壹国は畿内であり、狗奴国も畿内かその周辺に推定されてくる。

狗奴国の官は、狗古智卑狗(クコチヒク)といって、九州説論者の間では、熊本の菊池彦なのではという説がある。しかし、一方で、魏略では、狗古智卑狗(クコチヒク)は拘右智卑狗(コウチヒク)となっており、畿内論者を中心に、河内彦なのでは?という説もあり、記紀に出てくる崇神天皇の時代に謀反を起こし河内の領主で皇族だった武埴安彦と関係があるのでは?と推測するむきもある。


魏志倭人伝などに出てくる人名・官位名
国名 身分・官位の説明 人名・官位名 上古音 中古音 推定音 備考
 
對海國(對馬國?)  其大官曰 卑狗 pieg-kug pie-k∂u ヒク or ヒコ 官名か?彦
副曰 卑奴母離 pieg-nag-mu∂g-lIar pie-no
(ndo)-m∂u
(mb∂u)-lIe
ヒナモリ 官名か?夷守
 
一大國(一支國?)  官亦曰 卑狗 pieg-kug pie-k∂u ヒク or ヒコ 官名か?彦
副曰 卑奴母離 pieg-nag-mu∂g-lIar pie-no
(ndo)-m∂u
(mb∂u)-lIe
ヒナモリ 官名か?夷守
 
末盧國
 
伊都國   
官曰 爾支 nier-kieg nie
(rie)-t∫Ie
ニキ 官名か?神官か?禰宜
副曰 泄謨觚 siat-mag-kuag siεt-mo
(mbo)-ko
シマコ or セマコ or セモコ 官名か?島子 or 妹子
副曰 柄渠觚 pIang-gIag-kuag pI∧ng-gIo-ko ヘココ or ヒココ 官名か?彦子
 
奴國  官曰 ?馬觚 ?-mag-kuag ?-ma
(mba)-ko
ジマコ 官名か?島子
副曰 卑奴母離 pieg-nag-mu∂g-lIar pie-no
(ndo)-m∂u
(mb∂u)-lIe
ヒナモリ 官名か?夷守
 
不彌國  官曰 多模 tar-mag ta-mo
(mbo)
タマ or タモ 官名か?玉 or 魂 or 伴造
副曰 卑奴母離 pieg-nag-mu∂g-lIar pie-no
(ndo)-m∂u
(mb∂u)-lIe
ヒナモリ 官名か?夷守
 
投馬國  官曰 彌彌 mier-mier mie-mie ミミ 人名か?「ミミ」というのは、出雲系や初期の皇室に多い人名。
副曰 彌彌那利 mier-mier-nar-lIed mie-mie-na
(nda)-lIi
ミミナリ 人名か?「ミミナリ」というのは、出雲系や初期の皇室に多い人名。
 
邪馬臺國 女王 卑彌呼 pieg-mier-hag pie-mie-ho ヒミホ 人名か?倭迹迹日百襲媛(やまととびももそひめ)
官有 伊支馬 i∂r-kieg-mag Ii-t∫Ie-ma
(mba)
イキマ 官名か?人名か?伊古麻(生駒)
官有・次曰 彌馬升 mier-mag-thi∂ng mie-ma
(mba)-∫I∂ng
ミマシ 人名か?御真津姫
官有・次曰 彌馬獲支 mier-mag-Huak-kieg mie-ma
(mba)-Huyek-t∫Ie
ミマワキ 人名か?御真木入日子(崇神天皇)
官有・次曰 奴佳[革是] nag-keg-ter no
(ndo)-kai-tei
ナケテ 官名か?額田国の関係者?
大夫 難升米 nan-thi∂ng-mer nan
(ndan) -∫I∂ng-mei
(mbei)
ナシマ or ナシメ 人名か?梨津臣命、梨迹臣
大夫・次使 都市牛利 tag-dhi∂g-ngIog-lIed to-zIei-ngI∂u-lIi トジゴリ 人名か?丹波大縣主由碁理 or 多遲摩毛理
復遣使大夫 伊聲耆 i∂r-thieng-gier Ii-∫Iεng-gii イセキ or イシギ 人名か?彦五十狭芹彦命(比古伊佐勢理比古命、大吉備津彦命)
復遣使大夫 掖邪狗 diak-ngiag-kug yiεk-(yia)zia -k∂u ヤヤク 人名か?弥彦(やひこ)、伊夜比古(いやひこ) 
載斯 ts∂g-sieg ts∂i-sie サイシ 官名か?讃岐国の関係者か?
烏越 ag-HuIat o-HIu∧t アワ or ヲワ 官名か?粟国の関係者?
王・宗女 壹與 iet-Hiag iet-(Hio)yio イヨ 臺與の誤写?
王・宗女 臺與 t'∂g-Hiag t'∂i-(Hio)yio トヨ 人名か?豊鍬入姫(とよすきいりひめ)
大夫率善中郎將 掖邪狗 diak-ngiag-kug yiεk-(yia)zia -k∂u ヤヤク or ヤヤコ 人名か?弥彦(やひこ)、伊夜比古(いやひこ)
 
狗奴國  男王 卑彌弓呼 pieg-mier-kiong-hag pie-mie-kiung-ho ヒミココ or ヒミクコ 人名か?官名か?彦命(ひこみこと)・武埴安彦命
官有 狗古智卑狗 kug-kag-tIeg-pieg-kug k∂u-ko-tIe-pie-k∂u クコチヒク or ココチヒコ 官名か?菊池彦 or 河内彦
官有 拘右智卑狗 ?-?-tIeg-pieg-kug ?-?-tIe-pie-k∂u コウチヒク or コウチヒコ 官名か?河内彦



諸国の国名から推定



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posted by 邪馬台国総論 at 17:11 | TrackBack(0) | コンテンツ

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